2014/01/26 Sun 15:24


ことばは落すものではなく、届けるものだ

という言葉が大学時代で一番印象に残っている。




その言葉を実践するならば、
このブログも読み手を意識し、内容を集約して書くべきだろう。

たぶん、ここで書いてる内容は私のひとりよがりにすぎないもので、
プライベートという点ならば本当の意味での日記だ。
ならばひっそりとノートに記せばよいとも言われるだろう。

私という人間は忘れっぽくて、気分に任しているから、
ノートに書いていてもそのノートを無くしてしまう。
鉛筆で書いてるうちに、あまりに自分の書くスピードの遅さや文字の汚さに辟易して、
もう日記なんてこりごりだとそっぽを向いてしまう。


なにか出来事があった時に日記を書く方がそれらしくて読みやすい。
具体的に書いた方がより伝わるのも分かる。
分かってはいるものの、抽象的で、常に私目線の自分との対話になってしまうのは
このブログ自体が、単なる記録でしかないからだ思う。
自分の辿ったあしあと。毎日少しずつずれる自分の変化の記録である。


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2014/01/26 Sun 14:59

 

やめたい、やめたい

と思っていてもできないものは多い。

やめてしまえばいい。
と言えるのもその深みにはまったことがないから言える文句でもある。

どんなものの中毒も、それを続けてしまう麻薬のような魅力がある。
傍目から見ているとどんなにバカらしくても。

バカにするのは簡単だけど
それを認めるのも一苦労で。


依存してるのか、自立しているのか、孤独に陥ってるのか。
どれも一見異なるように見えるが同じ問題が背景にはあると思う。

紙一重の上に立ってることに気づかないってことはよくあるんじゃないかな。
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2014/01/26 Sun 14:53


私ひとりで閉じこもっていてもなにも変わらない。

唐突だけど、サリンジャーはいいよね。

「本を読むのは、作者の家の戸を叩くようなものだ」
という一句を今更ながら実感している。

他者がいないと自分というアイデンティティも築かれない。
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2014/01/05 Sun 20:31

尻込みしてることは多いけど
踏み出してしまえばすんなりできちゃうものもあったりする

たくさんイメージトレーニングしてるけど
これっというものが想像できない

私の一方通行はどれも成功した試しがない。
どれも浅からず深からずの傷を残している。

あなたじゃない
って結果なだけなのに、必要以上に傷ついてしまうから
性質が悪い。


向こうから来てくれるの希望
っていうのもあるけど
それはらくちんだし、夢みがちよ
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2014/01/05 Sun 20:13

さよならを言わずに突然逃げるのは
卑怯なことは分かってるよ
あなたに言われなくとも

でも不自然だと思ったら
もうだめだったんだ

これって我が身かわいさだし
保険みたいなもん
自分がした行為は忘れてしまっても
ある日その記憶がふと浮上してきて首を絞めるのだ

正々堂々胸を張れることじゃないけど
こんな嫌な面があったのかと
写す鏡とはなる。
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