2014/05/31 Sat 23:13

喉風邪を放置していたら
1週間治らず、しかも悪化して声が出なくなりました…。
声が出ないって不便極まりないですね。

声がかすれているときに無理やり声を出していたところ
のどの奥のほうが腫れて炎症しているようです。

ドラえもんみたいな声になっちゃったと職場で会う子どもらに話すと
え?声違くない?と言われてジェネレーションギャップを感じました。


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damon albarn

2014/05/06 Tue 10:21

damon albarn。
この名前でピンとくる人はあまり多くないだろう。
それよりは、90年代のプリットポップの代表格blurのフロントマン
gorillazのボーカル(兼プロデューサー)
のほうが名高いだろう。

その彼が今回、ソロアルバムを出した。
「everyday robots」
彼の半生と今のデジタル社会を歌った作品ということだった。
グレイのカバーと右はじに座ったアンニュイなデーモンが映ったジャケ。

デーモンが関わった作品に対して今まで抱いてきたものは
アルバムごとのテーマがはっきりしていて、つきつめるまでやりつめること。
その時々に興味をもったものに突き進み、雑多で多彩な音楽性。
一枚一枚のアルバムを積み上げて、停滞することなくどこかしらに進みたいと願っている。
自分たちの売りが何なのか知ってるけれど、それを裏切れる大胆さ。

アルバムごとに全く違う世界に連れて行ってくれる。
それが私にとってのblurだった。
ひっくり返したおもちゃ箱のような音楽だった。
彼らもアルバムを出すごとに変わっていくから、私も変わって成長したいと思いたくなる。
変わることを後押しして応援してくれるバンド。

変わることは勇気だ。前の作品と常に比べられる世界で急激な方向転換をしてもなお
待っているファンを納得させるものが作れるか。そのせめぎ合いなのだと思う。
そして、変わらないのはライブパフォーマンスだった。
昔のライブビデオを見ると、彼らのライブは本当に楽しそうで、
20年の月日や録画された媒体だとかいう前提はすべてすっとばして、心が踊った。
1月の武道館公演にも足を運んだが、客の空気をつかみアットホームにする、この点において
デーモンは最高だなと思った。blurとしての最後の公演だったそうで、メンバー同士の絡みも感慨深かった。
デーモンがメンバー一人一人に絡みにいってハグしたりキスしにいく。その姿が心から楽しそうでそれをみてこちらは胸がいっぱいになる。思いが込み上げすぎて歌詞が飛んだとテレる姿もほほえましかった。
その場にかけつけられてよかった、ライブだから、その場で味わえるから得られる感動もある。
こういう幸せを味わったとき、言葉って無力だと思う。
言葉に表わせないけどなんだがぽかぽかしているんだから。

今回のソロは、デーモンのメロディアスな部分が大きく押し出された作品だ。
静かで暗いようにも思えるが、繊細でゆるやかで何かに守られているような気持ちにさせられる。
キャッチャーで万人受けする作品だとは思わないが、
「自分の人生を振り返る」
デーモンの生きていた道筋をすこしだけ追わせてもらっている。
パーソナルなやわらかい心に触れている。
リスナーと内面へ向かう旅に出かけるアルバムである。

デーモンは語りかけてくる。
あなたはどのように生きてきた?
どの過去を拾い出してみようか?と。
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2014/03/01 Sat 23:38

衣食住が揃っていて、最低限な暮らしの基準は満たしているのだが、祖母が死にたいという。
こけてから足が不自由になって、生きていてもしょうがないと日々ぼやくのだ。

祖母は介護が必要な自分自身に無力感を感じている。
ただただ朝起きて、ご飯を食べてぼーっとテレビを見てまた眠る生活のサイクルで生きている。
彼女は去年までは九州で孫を3人育て上げなければいけないという使命感で生きていた。
それが高齢で生活がしづらいということで、関東の娘の家に引っ越すことになり、その責務がなくなった途端に不満が口にあがるようになった。
「生きていたくない。迷惑をかけたくない。早く天国に行きたい」
聞いているほうはもう地獄である。


祖母は生きていくためのHOPEの糧(3人の孫)を九州においてきてしまったのだ。
そのHOPEが、高齢でも孫を育て上げるという意地が、彼女を形作るアイデンティティでもあったのだ。
この衣食住すべてがそろって、祖母の力はすべてに娘である母にすべて敵わないという生活状況は、祖母にとって自尊心が保てるわけもなく今まであったHOPEも与えられず、ただ飯が出されて飼われているようなものだ。

このような環境でセルフリスペクトができるわけがないだろう。自らをリスペクトできない人間に長生きしたらいいよとは簡単には言えない。
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2014/02/08 Sat 15:00

嫌なことから目をそむけてそむけて
逃げて来ながら、ぎりぎりの中でやってきたけど
適切に努力をしていれば、同じ結果でももっと前向きに受け取れたのではないか。

そういう実際にありえなかった可能性ばかりを想像してしまう日もある。

煮詰めてどろどろになった本音を溶かして浄化させたい。

取らぬタヌキの皮算用

見事に言い当ててるなあ
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2014/01/26 Sun 15:24


ことばは落すものではなく、届けるものだ

という言葉が大学時代で一番印象に残っている。




その言葉を実践するならば、
このブログも読み手を意識し、内容を集約して書くべきだろう。

たぶん、ここで書いてる内容は私のひとりよがりにすぎないもので、
プライベートという点ならば本当の意味での日記だ。
ならばひっそりとノートに記せばよいとも言われるだろう。

私という人間は忘れっぽくて、気分に任しているから、
ノートに書いていてもそのノートを無くしてしまう。
鉛筆で書いてるうちに、あまりに自分の書くスピードの遅さや文字の汚さに辟易して、
もう日記なんてこりごりだとそっぽを向いてしまう。


なにか出来事があった時に日記を書く方がそれらしくて読みやすい。
具体的に書いた方がより伝わるのも分かる。
分かってはいるものの、抽象的で、常に私目線の自分との対話になってしまうのは
このブログ自体が、単なる記録でしかないからだ思う。
自分の辿ったあしあと。毎日少しずつずれる自分の変化の記録である。


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